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| 第1話 想う椅子 | ||||
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僕は椅子。 イタリアの、とある街で、熟練した職人さん達の手によって丁寧に形作られ、僕は覚醒していく。椅子という運命に。そして僕は海を越え、日付けを塗り替えて東京にやって来た。青山にあるイタリア家具の直営店の奥の白い壁の一角に僕はそっと置かれた。 ある日、30代初めの物静かな男が、何の迷いもなく僕を選び買ってくれた。 3日後、僕はその人の部屋へ運ばれていった。コンクリート打ちっ放しの天井の高い家具らしい家具のない広々としたワンルームの部屋には、開口部の広い南西向きの窓から眩しいくらいに光が射し込んでいた。僕はその人の指示通りに窓の近くの壁際に置かれた。僕はとても満足していた。その部屋の静けさに心から馴染んでいきながら、射し込む光の角度の変化を眺めていた。 その夜、その人は恋人に僕を紹介してくれた。 |
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| 彼女も満ち足りた笑顔で僕を見て喜んでくれた。 何度も慈しむように僕のアームを撫でてからふ んわりと触れるように座る。その人は微笑みな がらやさしく見守っていた。僕もこのふたりが とても好きになった。僕の上に座るふたりの体 温が醸し出すぬくもりがこのうえなくきもちよ く伝わってくるから。混じり気のない幸せがそ こにはあったから。そしてふたりは何より愛し 合っていた。 |
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いつ頃だったんだろう、ふたりの間に歪んだ時間が生まれ、空気が傷んでいくようにふたりがどこからともなく損なわれていってしまったのは。僕の上にふたりが一緒に座ることが稀になった。座っても沈黙が濃くなるばかり。僕はいたたまれなかった。そしてかなしかった。 ある日、突然彼女は許し難いエゴを抱えるようにこの部屋を出ていった。さよならも言わずに。 その人の途方にくれた影と僕だけが残された。その人の鼓動だけが響くのを聴きながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ショウウインドウ越しに、その椅子と同じのをみかけるたびに、記憶が身体ごと立ち止まり語り出す或る物語。そして問いかけてくる。 「イマ、ソノヒトハシアワセナンダロウカ?カノジョハシアワセナンダロウカ?」と。 唯一、目の前の黒い革張りの椅子だけが静かなる地平線のように完結しているのを眺めるしかなくて・・・。 誰もが抱えるありふれた、あやうい日々の断片は、忘れられない記憶に支えられて、なんとか一日、一日を過ぎ去ることができるのだろう。消えない痛みとともに。 |
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