古い質感を活かしたクールな空間

岡本耳鼻咽喉科

2007年 新装移転(内装・外装)

大阪府和泉市府中町1-2-15

TEL.0725-46-4615

http://www.okamoto-ent.jp/

商店建築 2009年2月 掲載




JR和泉府中駅前には、約40年前に大規模開発された、鉄筋コンクリート3階建の長屋形式の建物が広がり、その隙間にはアーケードが架けられ、商店街となっています。当時は繊維工場で栄え、若い女工さんたちで賑わう活気ある街だったそうです。現在、その面影はすっかり消え、シャッターが目立ちます。

その中において数少ない活気ある区画が岡本耳鼻咽喉科でした。平均的な耳鼻咽喉科の2倍以上の患者が訪れ、新患率も高く、口コミで患者さんが押しかけるという理想的な状況が既にできあがっていました。狭い診療所では、患者さんが待合室に入りきれず、あまり人通りのない商店街の路上に、人が溢れ出ているという状況でした。

岡本先生は、患者さんに快適に待っていただける医院をつくるために、すぐ近くの角地部分にあった3層の大きな区画を購入しました。2階には、とても慌しく働くスタッフのための快適なスタッフルームと、セミナームールやギャラリーとして利用できる多目的スペース、3階は診療中、一瞬たりとも集中から開放されることのない岡本先生が快適にリフレッシュできる院長室とミーティングルームをつくることになりました。もしも2階がギャラリーとして機能するとすれば、平均30分待ってくださる患者さんに楽しんでもらうこともでき、多くの患者さんが訪れるギャラリーは、出展者側にとっても大きな魅力です。そのようなストーリーが実現すれば商店街活性化への布石になるのではないかとの思いも込められています。2階から3階へ抜ける吹き抜けには、僅かながらも外光が射し込み、屋根の閉じた商店街に対し、ここから光を投下するという象徴的な意味を持たせることもできました。

医院には癒し空間が求められますので、“癒し”という言葉から容易に連想される、柔らかい自然素材や自然の借景を導入することが正政法と言えます。しかしこの周辺状況を活かしながら際立たせるためには、一般的には冷たいと思われているスチールやガラスやモルタルなどの無機的な素材のみで癒し空間をつくるほうが良いように思えました。岡本先生の共感と寛大なご理解もあり、そのような方向性で挑戦させていただくことができました。待合ベンチ下の間接光を明るめに設定することにより、ベンチがモルタル床から浮遊しているかのような効果を求めました。ファサードを支える構造を兼ねるスチール部材が、磨いてすぐクリアーをかけた光を吸い込むような質感により、待合室の雰囲気を柔らかく支配して、その効果により新鮮で落ち着く空間を得ることができました。

2階と3階では、そのコンセプトを推し進め、築40年の建物に刻まれた独特の質感や改装の歴史や施工精度の悪さまでも、雰囲気として置き換え利用することを考えました。壁と天井の躯体のがたつきや油汚れをモルタルでスッキリと補修するのではなく、ハツリ跡やコンクリート打設の表面の凹凸をできるだけ残すために、モルタルを希釈して表面に塗布するだけの仕上としました。
3階ではそのような躯体空間の中に、院長執務室としてDJブースのような部屋を組みこむ構成としました。2階と3階をつなぐ吹き抜けに吊ったフロスの名作シャンデリアが座った目線の高さに見え、夜になると、その周りを囲むガラスに多くの光が映りこみます。吹き抜け横には、既存の巨大な換気装置をインテリアグッズとして再設置し、窓外に見えるアーケード上のキャットウォークの借景とともに、室内をさらにクールな雰囲気へ引っ張っています。厳選した家具と照明器具とオーディオセットが、素っ気無いつくりの空間を、クラスの高い方向へ導くようなバランスが成立しています。冷たいと言われるような素材ばかりに囲まれているのに気持ちがよいことが、不思議で新鮮な空間となりました。

岡本耳鼻咽喉科はもともと大人気医院だったのですが、移転新装後もさらに患者さんが増えているようです。岡本先生は以前にも増しての集中の連続で目がまわるような忙しい毎日を送られていることと思います。2階3階の空間が、その気分を解放できる空間として充分に機能してくれることを願っています。


ロゴデザイン  アルトラ RIKEW
設備設計    創見社設備設計
施工      株式会社トミセイ
照明計画    株式会社ライト
構造調査    株式会社日本住宅流通
撮影      セイリョウスタジオ 山田誠良

1階(医院) 延床面積 81.93㎡ 25坪
2階(スタッフルーム 多目的スペース) 延床面積 99.36㎡ 30坪
3階(ミーティングルーム 院長室) 延床面積 92.26㎡ 28坪